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より自然に近づくために ~花道みささぎ流家元 片桐功敦~(テキスト)

 片桐さん:「震災から2年経ってましたけど、地震直後に近いような風景がそのまま残ってました。」

 

2013年(平成25年)の夏から堺と福島を行き来し、原発周辺の街を歩き、そこに見つけた花をいけ続けた、花道みささぎ流家元片桐功敦さん。

 

片桐さん:「絶滅危惧種になっていた植物が津波によって地面が巻き上げられたことによって、土の下で休眠してた種が発芽するっていう、ちょっと不思議なことが起こって。水葵っていう花ですけど、その発芽して咲いた花をいけられないですかねっていう福島県立博物館の依頼があって、それで行ったのが一番最初のきっかけですよね。福島の現状っていうのを、花をいけることを通してそこの場所を知らない人たちに伝えるっていうのが趣旨でした。

 実際に歩いて見つけて切る花は、場合によっては放射能の汚染っていうものの中でも健気に咲いている花であったり、人が亡くなった後に咲いてきている花であったりしたかもしれない。花自身は語らないですけど、やっぱり自分自身の責任っていうのが重いなっていう。

 だから、今まで自分が考えてきたことをより突き詰めて、一輪一輪いけなきゃいけないなっていう、そういう気持ちにはなりましたね。」

 

 片桐さんは1973年(昭和48年)、堺市に生まれ、花道みささぎ流の家系に育ち、24歳の若さで家元を襲名。

 

片桐さん:「家元ってやっぱり時間をかけてなっていくものなので、やっぱり自分がその家元たりうるためにどういう花をいけるべきなのかとか、もっといえば自分らしい花をいけられて初めてやっと『あ 家元なのかな。』って自分で納得できるっていうところがあると思うんで。花ばっかりいける日々でしたね。」

 

初めての個展の題材は桜だった。

 

 片桐さん:「桜の花ってね、日本人がどうしても好きな花なので、人によって好きな理由っていうのが違う。多分一億通りの桜のいけ方があるってことだろうなと思って。桜をいけるっていう事は、多分いつまでも続けられる一つの創作の泉なんだろうなと思って。それで桜に手をつけたんですよね。」

 

 その後、画家やデザイナー、左官職人などさまざまな異分野のアーティストとのコラボレーションが注目を集め、活動の場が大きく広がった。

 さかいアルテポルト黄金芸術祭2016にも出展された、草花を身にまとう「I am flower project」は、日本各地でワークショップが開催され大人気。

 

片桐さん:「みなさんの表情が華やかになって明るくなるので、これはいけばなというよりもやっぱり花の力がすごく人の笑顔を引き出してくれる、そういう遊びなので。これは自分の余力のある限りは続けていきたいなと思いますね。」

 

 ご自宅は仁徳天皇陵古墳のすぐ近く、今も古墳の周りをよく散歩するという。

 

片桐さん:「あの規模でやっぱり自然が守られてるっていうことが、まず何よりもすごいことだと思うんですよね。あそこはこう、侵してはいけない、大事に守らなきゃいけない場所だって。だからこそ自然が守られてるっていうことが、結構こんな世知辛い世の中で奇跡に近いと思うんですよね。あそこが育んでいる「森」っていうものを残すことが、多分大事なんだと思います。

 

 改めて聞いてみた。片桐さんにとって「いけばな」とは?

 

片桐さん:「より自然に近づくための手段ですかね。」